日本人会設立の由来:(会報 2013年6/7月合併号<30周年記念特集>より)

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 ダラス日本人会が設立されて今年で30年、その当時皆さんはどこで何をしておられましたか。まだ子供だった方も大勢いらっしゃることでしょう。えっ、まだ生まれていなかった・・・確かにそういう方もいらっしゃいますよね。さて、30周年を記念して、「会報」でダラス日本人会の歴史に触れてみるべく、特集を組むことになりました。まずは、日本人会設立の由来から。

 設立は1983年(昭和58年)6月20日、設立に直接関わった方も、いきさつをご存知の方も、今ではダラスを去られた方がほとんど。でも、第3代会長の高松昇平さんは、ダラスでご健在です。また、設立に関わった仲原博夫さん(現ダラス在住)は、「この人に訊く」のインタビューで次のように語ってくださいました。

・・・設立が1983年と遅かったのは?という質問に・・・「綿花商の人たちは、ダラス村のごとく小ぢんまりとまとまっていました。仕事もダウンタウンのCotton Exchangeビルでずっと一緒だったし、日曜のゴルフも皆仲間内でやっていました。つまり新たな会など設立する必要がなかったのです。日本の工業社会における構造が軽から重へ、更に情報へと移行するに伴い、当地へも綿花商以外の業界が進出し始めて多様化してきた為、束ね役としての日本人会が必要になってきた訳です。」(会報284号・2007年12月号「この人に訊く」より抜粋)

 さらに、1970年(昭和45年)6月に小学部生徒15名、教師1名で発足したダラス日本語補習教室(現ダラス補習授業校)の生徒数が、日本企業の進出に伴い、だんだんと増えてきました。1983年4月の時点で生徒数138名となり、日本から教師を派遣してもらう必要が生じてきましたが、派遣教師認可には、生徒数が100名を超えることや、母体となるサポート団体として日本人会の設立等が必必須件になっていました。

 そこで、当時ダラスに進出していた日系企業の駐在員や、個人有志の方々が中心になり、1983年6月非営利団体ダラス日本人会を設立、名誉会員6名、正会員48社164世帯、個人会員33 社、合計203世帯でスタートしました。

 そして、めでたく翌年1984年4月には、安平伸一先生が初代補習校校長として日本政府から派遣され、現在までに10名の校長先生をお迎えしご指導をいただいています。

歴代会長さんと校長先生のお名前をまとめていますのでご覧下さい。懐かしい方のお名前を見つけられるかもしれません。

 設立から30年、今年2013年6月現在の会員数は名誉会員10名10世帯、正会員56社230世帯、賛助会員16社16世帯、個人会員284世帯、合計540世帯となっています。日本人会は、皆様からの会費で運営されている非営利団体です。イベント等の部会活動もすべてボランティアです。今後とも皆様のご協力よろしくお願いいたします。

記:事務局